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横浜地方裁判所 昭和59年(行ウ)33号 判決

神奈川県逗子市桜山九丁目二番四三-三〇七号

原告

三戸部利文

右訴訟代理人弁護士

相川汎

同県横須賀市上町三丁目一番地

被告

横須賀税務署長 川平一夫

右指定代理人

窪田守雄

竹野清一

藤巻優

勝野功

後藤一嘉

和田千尋

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五七年一二月二五日付けでした原告の昭和五六年分所得税の更正(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件決定」という。)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和五七年三月四日、昭和五六年分所得税について、総所得金額を五三九万二五〇七円、所得控除額を一一六万三四〇四円、分離課税の長期譲渡所得金額を租税特別措置法(以下「措置法」という。)三五条一項所定の居住用財産の譲渡所得の特別控除により零円、納付すべき税額をマイナス四五四〇円として、確定申告をしたところ、被告は、同五七年一二月二五日付けで、分離課税の長期譲渡所得金額を右特別控除を認めずに二〇五九万九四一一円、納付すべき税額を四一一万五二〇〇円(新たに納付すべき税額は、前記マイナス分四五四〇円を加えた四一一万九七〇〇円)、総所得金額及び所得控除額を申告額どおりとする本件更正及び過少申告加算税を二〇万五九〇〇円とする本件決定をした。

原告は、これを不服として、同五八年二月二三日、被告に対し、異議の申立てをしたが、被告が同年五月二〇日付けでこれを棄却する旨の決定をしたため、更に、同年六月一七日、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたところ、同所長は、これを棄却する旨の裁決をした。

2  しかしながら、措置法三五条一項の特別控除を認めない本件更正及び本件決定は、措置法三五条一項の解釈適用を誤まつたものとして違法であり、取り消されるべきである。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1の事実は認め、同2は争う。

三  被告の主張

1  本件更正の根拠について

(一) 総所得金額 五三九万二五〇七円

右金額は、原告の昭和五六年分所得税の確定申告に係る給与所得の金額である。

(二) 分離課税の短期譲渡所得金額(建物の譲渡分) △四八三六円

右金額は、後記(1)の本件建物の譲渡収入金額二二一万八六八二円から後記(2)の取得費二一五万八八三四円及び後記(3)の譲渡費用六万四六八四円を控除したものである。

(1) 収入金額 二二一万八六八二円

これは、原告が、昭和五六年二月二八日、その所有の埼玉県越谷市神明町三丁目七五番一の宅地四六五・二九平方メートル(以下「本件土地」という。)及び同所所在の建物三五・一九平方メートル(以下「本件建物」といい、本件土地と一括して「本件資産」という。)を西井一幸に譲渡したことに係る譲渡金額二七四四万円のうち、本件建物代金相当額であり、原告の確定申告に係る金額である。

(2) 取得費 二一五万八八三四円

これは、本件建物に係る建築費二三六万〇三〇〇円及び建築確認申請等費用三二万二四八〇円の合計二六八万二七八〇円から本件建物の減価の額五二万三九四六円を控除した残額である。

(3) 譲渡費用 六万四六八四円

これは、原告が本件資産を西井一幸に譲渡するに当たり、仲介人渡辺初太郎に支払つた仲介手数料の金額八〇万円のうち、本件建物に係るものとして按分した金額である。

(三) 分離課税の長期譲渡所得金額(土地の譲渡分)二〇七九万〇一六三円

右金額は、後記(1)の本件土地の譲渡、収入金額二五二二万一三一八円から、後記(2)の取得費二六九万五八三九円、後記(3)の譲渡費用七三万五三一六円及び後記(4)の特別控除一〇〇万円を控除したものである。

(1) 収入金額 二五二二万一三一八円

これは、本件資産の譲渡代金額二七四四万円から前記(二)の(1)の本件建物に係る譲渡代金二二一万八六八二円を差し引いた残額であり、本件土地に係る譲渡代金である。

(2) 取得費 二六九万五八三九円

これは、原告が昭和四二年四月二九日、本件土地(当時の地目は、田)を田村金五郎から取得する際に支払つた購入代金一六一万円及び同土地に係る造成費等一〇八万五八三九円の合計額である。

(3) 譲渡費用 七三万五三一六円

これは、原告が本件資産を西井に譲渡するに当たり渡辺初太郎に支払つた仲介手数料の金額八〇万円から、前記(二)の(3)の本件建物に係る分六万四六八四円を差し引いた残額で、本件土地に係る分の仲介手数料である。

(4) 特別控除 一〇〇万円

これは、原告が本件土地を昭和四四年一月一日前に取得していたことから、措置法三一条二項の規定により分離課税の長期譲渡所得金額の計算上控除される金額である。

2  居住用財産の譲渡所得の特別控除が認められないことについて

措置法三五条一項に定める「居住の用に供している家屋」とは、その譲渡の時期若しくはこれに近接する時期まである程度の期間継続的に居住する意思で当該家屋に起居し、これを実質的な生活関係の拠点として使用していた家屋をいうと解すべきところ、原告は、本件建物を新築により取得して以来譲渡するまでの間生活の拠点として使用していないので、本件建物は、措置法三五条一項に定める「居住の用に供している家屋」にはあたらないものである。すなわち、

(一) 原告は、昭和四六年一〇月から同五六年三月までの間、日本アスベスト株式会社(現商号は、ニチアス株式会社、以下、旧現商号を通じ、「ニチアス」という。)仙台出張所に勤務し、仙台市宮千代三丁目五番地の二〇所在の同社の借上げ社宅宮千代荘A棟二〇A号室(以下「仙台の社宅」という。)に妻とともに居住し、同年四月以降は、同社東京支社に転勤したことに伴い、住居を逗子市桜山九丁目二四五二番の四所在のマンションパークハイム逗子三〇七号室(住居表示同九丁目二番四三-三〇七号)に移転し、現在に至るまで同室を自己の生活の拠点として使用してきた。

(二) 原告は、ニチアス仙台出張所勤務中の昭和五〇年七月ごろ、本件土地上に本件建物を新築したが、これは、かねて所有していた本件土地が同四五年八月二五日市街化調整区域に指定され、五年の期間経過後は建築制限を受けることになることから建築されたものである。

(三) そして、原告は、本件建物を新築した後、昭和五〇年一二月までの間、日常の生活に必要不可欠と認められる水道・電気の使用申込みの手続もしないままこれを空家とし、同月右使用申込み手続をしたうえ、同五一年二月ころから同五三年八月ころまでの間、佐野雅に対し同建物を賃料一か月二万七〇〇〇円(昭和五三年二月以降同三万円)で賃貸した。

次に、原告は、昭和五三年一〇月一〇日ころ、本件建物を建築施行した堀井工務店経営者堀井茂昇に本件建物への入居者の紹介及び本件建物の管理を依頼し、同人の紹介により同年一一月ころから同五四年三月ころまでの間、寺下岳人に対し本件建物を賃料一か月二万七〇〇〇円で賃貸し、同人が退去した同年四月以降は、引き続き堀井に前同様の依頼をして、同五五年五月一七日ころまでの間、本件建物を空家とした。

さらに、原告は、昭和五五年五月一八日ころから同年一〇月一一日ころまでの間、堀井茂昇を通じて、自宅建替え期間中の仮住い先を捜していた長谷川功に対し、本件建物を賃料総額七万五〇〇〇円で賃貸し、右賃貸期間経過後は、同五六年二月二八日ころ同建物の買主西井一幸に引渡すまでの間同建物を空家としていた。

(四) 原告は、前記のとおり昭和五六年四月にパークハイム逗子三〇七号室に転居したところ、同室は、同五五年三月末日ころ引渡しを受けていたものであり、原告は、右のようにして同室を取得するかたわら、既に同年二月ころには不動産業を営む渡辺初太郎に対して本件資産の売却の仲介を依頼し、同年八月二三日、西井との間で本件資産の売買契約を締結したものである。

(五) 以上から明らかなとおり、本件建物は、遠隔地の仙台市に生活の拠点を有していた原告が貸付用の住宅として利用していたものというべきである。

なお、原告が本件建物を原告及び妻の居住の用に供する目的・意思で建築したとしても現実に原告らが同建物を生活の拠点として使用していない以上、同建物が措置法三五条一項に定める「居住の用に供している家屋」に該当しないことは明らかである。

3  本件更正及び本件決定の適法性について

以上のとおり、原告の昭和五六年分所得税についての総所得金額は五三九万二五〇七円、分離課税の長期譲渡所得金額は二〇七八万五三二七円(前記1、(三)の分離課税の長期譲渡所得金額二〇七九万〇一六三円と前記1、(二)の分離課税の短期譲渡所得の損失金額四八三六円とを損益通算した後の金額)であるところ、本件更正の所得金額二〇五九万九四一一円は、右金額の範囲内であるから、同更正は適法である。

また、原告が、本件更正により、国税通則法六五条一項に規定する「更正に基づき同法三五条二項の規定により」納付すべきこととなる税額は、同法二八条二項三号イ及びロに定める本件更正により増加する納付税額四一一万五二〇〇円及び減少する還付金四五四〇円の合計額四一一万九七〇〇円であり(同法六五条一項、三五条二項。ただし同法一一九条一項の規定により一〇〇円未満切捨て)、右納付すべきこととなる税額には、同法六五条二項に定める正当な理由があるとは認められないので、右金額の全部が加算税の計算の基礎となるところ、同法一一八条三項の規定により右金額の一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた金額四一一万九〇〇〇円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した過少申告加算税額は二〇万五九〇〇円(同法一一九条四項の規定により一〇〇円未満切捨て)であるから、これと同額を過少申告加算税額とする本件決定は適法である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1、(一)、(二)の事実、同(三)のうち、(1)ないし(3)の事実は認めるが、同(4)の主張及び本件土地の譲渡に対する分離長期譲渡所得金額が二〇七九万〇一六三円になるとの主張は、争う。

2  同2冒頭の主張の趣旨は争い、同2、(一)の外形的事実は認め、主張の趣旨は争い、同(二)のうち、本件建物新築の目的についての記載事実は否認し、その余の事実は認め、同(三)のうち、佐野雅、寺下岳人及び長谷川功に一時的に本件建物を賃貸したことは認め、その余は争い、同(四)の外形的事実は認めるが主張の趣旨は争い、同(五)は争う。

3  同3の主張は争う。

五  原告の反論

1  本件資産の取得目的について

(一) 原告は、昭和四二年ニチアス千葉営業所に勤務し、松戸市高塚新田所在の同社社宅に妻とともに居住していたが、近い将来に、自宅を建築する予定で、このころ本件土地(地目は、田)を買受けたものである。

(二) ところが、原告は、昭和四三年一〇月、ニチアス富山営業所に転勤することとなり、富山市内の同社社宅に転居したが、いずれ二、三年後には東京の本店に転勤する予定であつたので、暫く自宅建築計画を保留し、本件土地を田のままにしておいた。

(三) 原告は、昭和四六年一〇月、ニチアス仙台出張所に転勤することとなり、仙台市内の同社社宅に転居したが、その際、三年後には東京勤務となる旨の内約定があつたので、東京勤務となつたときに本件土地上に自宅を建築するつもりでいた。

(四) 原告は、昭和四九年末ころ、右仙台出張所に転勤してから三年を経過し近く東京に転勤すべき時期となつたので、本件土地上に自宅を建築することを決意し、同土地を田から宅地へ造成したうえ、堀井工務店に本件建物の建築を請負わせ、これを同五〇年七月ころ完成させた。

2  本件資産の利用について

(一) 原告は、前記のとおり、本件建物を自宅として建築したが、そのころ、ニチアス仙台出張所長の地位にあり、再三東京方面への転勤を希望していたものの、後任難から暫くは同出張所に留らざるを得ない状況にあつた。

折から、本件建物の建築を請負つた堀井工務店から、「もし暫くの間居住しないのなら、短期間でよいから知合いの人に貸してくれないか。」との話があり、原告は、そのころ、佐野雅に同建物を約一年ほど賃貸した。

(二) 原告は、その後、本件建物を自ら使用することとし、家具、寝具等も整え、いつでも居住できる状態にしたうえ、妻において時折り寝泊りして、同建物の保守、監守にあたり、転勤の日を待つていた。

原告は、その後、昭和五二年八月ころから二か月余り、寺下岳人に本件建物を仮住いとして使用させたことがあるが、その後は、再び従前のとおり、妻において時折り寝泊りして同建物を使用していた。

(三) 昭和五五年三月に至りいよいよ原告の東京方面への転勤が確実となつたので、原告一家は、同年五月の連休を利用して本件建物に引越すこととし、住民票上の住所を同建物所在地に異動したうえ、妻において先発して同建物に転居した。そして、原告は、後任者の着任をまつて、後から、同建物に居住するつもりであつた。

(四) ところが、その直後、原告の後任者の着任が大幅に遅れることとなり、原告の転居も延引せざるを得ない状況となつた。このとき、妻から右事情を聞いた堀井工務店経営者の堀井茂昇から「同工務店の知合いで長谷川功という人が近所に自宅を有しているが、このほど自宅を全面改築するので建築期間中の仮住いを捜している。適当な物件がなくて困つている。一時でよいから使わせてくれないか。」との話があり、原告は、二、三か月間は転勤の見通しが立たなかつたので、これを了承し、昭和五五年五月一八日から同年一〇月一一日まで長谷川功に本件建物を使用させた。

(五) 原告の妻は、昭和五五年一〇月一二日以後、再び本件建物に居住し、原告の転勤をまつていたところ、同年一一月上旬ころ、原告の転勤先がニチアス川崎支店に変更されたことが判明した。

(六) かくては、本件建物の所在する越谷市内からの通勤は、極めて長時間を要し、原告が本件建物に居住することが困難となつたので、原告は、通勤の便のよい逗子市内に転居することとし、昭和五五年一一月三日、パークハイム逗子三〇七号室に転出した。

3  本件資産の処分について

(一) 原告は、これより先の昭和五四年一一月二六日、三井不動産株式会社が海辺の別荘用に売り出していた逗子市所在のパークハイム逗子三〇七号室を買受け(完成引渡は、同五五年五月)ていたが、前述のとおり、川崎支店への転勤の内示があつたため、とりあえず、同五五年一一月三日、同室に転居し、妻において、本件建物から同室へ生活の本拠を移し、原告は、転勤実現までの間、休日休暇に同室に帰宅し、その他の日は仙台市内の前記社宅に寝泊りする状況となつた。

(二) 原告は、昭和五五年八月ころ、転勤先がニチアス川崎支店と内定したので、本件資産を売却することを決意し、同月二三日、西井に本件資産を代金二七四四万円、同五六年二月末日引渡の約定で売り渡し、約定どおりその引渡を了した。

4  まとめ

以上のとおり、原告は、自己及び妻の居住の用に供する目的と意思をもつて、本件建物を建築し、昭和五一年八月から同五五年一一月三日までの間、短期間を除いて、これを自宅として使用し、断続的にもせよ、妻がこれを生活の本拠として現実に使用していたものである。原告が本件建物に現実に居住することが殆どなかつたのは、原告の勤務先の事情によるものである。

従つて、本件建物は、措置法三五条一項に定める「居住の用に供している家屋」に該当する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1項及び被告の主張1項(一)、(二)、同(三)の(1)ないし(3)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件資産の譲渡につき、措置法三五条一項の適用があるか否かについて検討する。

1  措置法三五条一項は、個人がその居住の用に供している家屋で政令で定めるもの及び当該家屋とともにその敷地の用に供されている土地に関する権利(以下「居住用財産」という。)を譲渡した場合の譲渡所得の計算にあたり一定額の特別控除を認めたものであるが、これは主として、居住用財産を譲渡した場合にはこれに代替する居住用財産を取得する蓋然性が高いことから、所得税の負担を軽減することとしてその取得を容易にする趣旨によるものと解される。このような特別控除制度の趣旨に照らすと、措置法三五条一項にいう「その居住の用に供している家屋」とは譲渡の時若しくはこれに近い時期までに、その者がある程度の期間継続的に居住する意思をもつてこれに起居し、生活の本拠として利用している家屋をいうと解するのが相当である。

2  これを本件資産についてみるに、成立に争いのない甲第五号証の一ないし六、第六号証の一、二、乙第五号証の一、二、第六号証、第八号証の一、二、第九号証、第一〇号証の一、二、第一一ないし第一六号証、第二〇号証の一ないし三、第二一号証の一、二、第二五ないし第三二号証、原本の存在及びその成立に争いのない乙第二二号証並びに原告本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く。)によれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和三一年にニチアスに入社後現在に至るまで同社に勤務しているが、同四一年八月から同四三年九月二〇日ころまでは、千葉営業所長として同営業所に勤務して、千葉県松戸市内の同社社宅に妻とともに居住し(原告夫婦には子がない。)、同四三年九月二一日から同四六年九月二九日ころまでは、富山営業所長として同営業所に勤務して、富山市内の同社社宅に妻とともに転居し、同四六年九月三〇日から同五六年三月三一日ころまでは、仙台営業所長として同営業所に勤務して、仙台市内の同社社宅に妻とともに転居し、同五六年四月一日から以後は、東京管内に勤務しして、パークハイム逗子三〇七号室に妻とともに転居したこと。

(二)  ところで、原告は、千葉営業所に勤務していた昭和四二年四月二九日、田村金五郎から、同人所有の面積四六五・二九平方メートルの本件土地(当時の地目は、田)を代金一六一万円で買受けたこと、原告は、その後本件土地を田のままにしておいたところ、本件土地が、昭和四五年八月二五日市街化調整区域に指定され、五年の期間経過後は、建築制限を受けることとなつたことから、仙台出張所に勤務していた同五〇年七月ころ、本件土地を宅地造成したうえ、堀井工務店に床面積三五・一九平方メートルの本件埋物の建築を代金二三六万〇三〇〇円で請負わせ、これを昭和五〇年七月ころ完成させたこと、

(三)  原告は、本件建物建築後しばらくは、自らこれに居住することもなく、また第三者にこれを賃貸し若しくは使用させることもなかつたが、昭和五一年二月から同五三年八、九月ころまでの間、佐野雅にこれを賃貸したこと、

そして、原告は、同五三年一〇月一〇日ころ、堀井工務店の経営者堀井茂昇に対し、本件建物を借家として賃貸管理すること、即ち、賃借人の紹介や建物の維持管理などを依頼して、同建物の鍵二個を交付したこと、また、原告は、右堀井の紹介により、同五三年一一月ころから同五四年三月ころまでの間、寺下岳人に本件建物を賃貸したこと、さらに原告は、同五五年五月ころ、右堀井を通じて、本件建物の近くに居住する長谷川功から、同人居住の建物の増改築のための仮住いとして本件建物を賃借したい旨申し向けられて、これを承諾し、同人に対し、同建物を、同月一八日ころから同年一〇月一一日ころまでの間、賃貸したこと、原告及び妻は、本件建物の前記各賃貸期間以外は、同建物において電気及び水道を使用することもなく、これを空屋としていたこと、

(原告が、昭和四二年四月二九日、田村金五郎から、同人所有の本件土地(当時の地目は、田)を代金一六一万円で買受けたこと、本件土地が、同四五年八月二五日、市街化調整区域に指定され、五年の期間経過後は、建築制限を受けることとなつたこと、原告が同四六年一〇月、ニチアス仙台出張所に転勤することとなり、仙台市内の同社社宅に転居したこと、原告が堀井工務店に本件建物の建築を請負わせ、これを同五〇年七月ころ完成させたこと、原告が佐野雅、寺下岳人及び長谷川功に一時的に本件建物を使用させたことは、当事者間に争いがない。)

以上の事実が認められ、右認定に反する原告本人の供述部分は、前掲各証拠に照らして、にわかに措信することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、原告が本件土地を取得し本件建物を建築した意図はともかく、原告は、現実には、本件建物を貸付用建物としてしか利用しておらず、同建物に継続的に居住の意思をもつて起居し、これを生活の本拠として利用してはいなかつたことが明らかであるから、本件建物をもつて措置法三五条一項にいう「その居住の用に供している家屋」ということはできず、従つて、本件資産をもつて居住用財産ということもできないので、その譲渡に関して同条項の適用はないものというほかはない。

3  原告は、勤務先がニチアス東京支社になつた場合に備え、居住する目的で本件建物を新築し、妻において時折り寝泊まりをし、保守管理をしたと主張するが、前記2(三)末尾に認定のとおり、他人に貸していた時期を除いては、原告又は妻が本件建物において電気、水道を使用した形跡がないので、仮に原告の妻が本件建物の保守、管理のために時折り寝泊まりしたことがあつたとしても、これをもつて居住の用に供したということはできないことは明らかである。のみならず、仮に、原告が右主張のとおりの目的で本件建物を新築したとしても、これを現実に住居として使用していない以上本件建物を「居住の用に供している建物」ということはできない。

なお、原告は、パークハイム逗子三〇七号室は別荘用として購入していたところ、偶々原告がニチアス仙台支社から東京支社でなくして川崎支社に転勤となつたために、とりあえずパークハイム逗子三〇七号室に転居し本件建物を売却したものであつて、生活の本拠はパークハイム逗子ではなく本件建物であつた旨を主張する。なるほど、前掲乙第二二号証、乙第二五ないし第三二号証によれば、原告は、本告資産を西井一幸に譲渡する以前の昭和五四年一一月二六日に既に、三井不動産株式会社から居住用専用部分の床面積七九・五五平方メートルのパークハイム逗子三〇七号室を、代金三〇五〇万円、手付金六一〇万円、残金二四四〇万円は、建物表示登記申請時までに支払い、物件引渡期日は、同五五年三月末日とする約定で、買い受けたこと、その際、原告は、同社に対し、融資額五〇〇万円の住宅ローンの利用の申し込みをしたこと、そして、原告は、同五五年三月二四日ころ、右残金を支払い、パークハイム逗子三〇七号室の鍵の交付を受けてその引き渡しを受けたことが認められ、パークハイム逗子三〇七号室の購入は別荘ないしセカンドハウスとして利用する目的であつたといえなくもない。しかし、右証拠によれば、昭和五六年四月までは仙台の社宅において水道、電気、ガスが使用され、その後は使用中止となつたこと、その反面パークハイム逗子三〇七号室においては水道、電気とも右同月から目立つて使用量が増加していることが認められ、他方、前記認定のとおり、本件建物においては、これを借りていた者による電気、水道の使用はあるものの、原告夫婦によるその使用は本件建物新築時から譲渡時まで終始存在しないのである。したがつて、原告がパークハイム逗子三〇七号室の引渡しを受けた昭和五五年三月ころから、これを本格的に利用し始めた同五六年四月までについていえば、右居室はセカンドハウスであつたという余地はあるが、その場合にあつても、生活の本拠は本件建物ではなく仙台の社宅であつたのであり、この期間に限つても本件建物が居住の用に供されていたということはできないのである。そして、昭和五六年四月以降は、右パークハイム逗子三〇七号室が生活の本拠となつたことが明らかである。のみならず、前掲甲第五号証の一ないし六、第六号証の一、二、乙第一五、一六号証、成立に争いのない乙第一八、一九号証、第二三号証、第二四号証の一ないし三によれば、原告は、パークハイム逗子三〇七号室の引渡しと相前後する昭和五五年春ころには早くも、その親族にあたる荒井満二を通じて、不動産取引業者である渡辺初太郎に対し、本件資産の売却につき仲介を依頼したこと、渡辺初太郎は、右依頼を受けて、その一週間後には、本件資産の値踏みをするために現地に赴き、また、同年六月三〇日には、不動産売買等の業界紙「不動産新報」を発刊している佐々木実に対し本件資産の売却広告を掲載することを依頼して、同年七月五日から同年八月二五日までの間に六回にわたり同誌に右広告を掲載して貫つたこと、原告は、渡辺初太郎の仲介により、西井一幸との間で、本件資産の譲渡に関する売買契約を昭和五五年八月二三日に締結したこと、ところが、原告は、この売買契約締結日にまたがる同年五月から同年一〇月にかけて長谷川功に本件建物を賃貸し続け、かつ、この間の水道及び電気の使用につき、原告の名義で、右各申し込みをさせたうえ、右長谷川から同建物の明け渡しを受けたときに、原告名義の水道及び電気の各領収書の交付を受けて、後に、これを税務当局に提出したこと、原告は、同五五年五月ころから同年一一月までの間、実際は、その前後を通じて従前どおり仙台の社宅に居住しながら、住民票上の住所のみを右社宅の所在地から本件建物の所在地へ異動して、後に、これに係る住民票を税務当局に提出していることが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告は、本件資産の売却を考え始めた昭和五五年春以降に、本件建物に原告夫婦が居住していたかのような外観を作出したことはあつても、反対に、現実に本件建物に居住していたことは終始なかつたものであり、いずれにしても、本件建物が措置法三五条一項にいう「居住の用に供している家屋」に該当する旨の原告の主張は到底採用できない。

三  そうすると、本件資産の譲渡に係る分離課税の譲渡所得金額の計算にあたり措置法三五条一項の適用はなく、原告の昭和五六年分所得税は被告の主張3のとおりとなるので、その範囲内でなされた本件更正は適法である。したがつて、本件決定も適法である。

四  よつて、原告の本訴請求は、理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古館清吾 裁判官 岡光民雄 裁判官 橋本昇二)

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